つちやのdiary

お早うございます

ラブライブを取り囲む空気が苦手

 今日、普段あまり関わらない人たちと、ラブライブスクールアイドルコレクション、通称スクコレのイベントに参加してきた。イベントといっても定期的に店で行われているプチ大会のようなもので、もともとプレイヤーが少ないこともあり集まった8人ほどは全員常連らしかった。

 自分はゴリゴリの初心者だけどデッキを借りて参加。借りたデッキが扱いの難しい構築になっており、1プレイにとても時間がかかってしまった。しかしみなさんがた非常に優しく、焦らすことなくゆったりと待ってくださり、またこのゲーム自体相手に干渉する要素がほぼないことから、自分の手札を常にオープンにしたうえでプレイの指南までしていただいた。ありがたや。

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さて本題。

ライバーの友達、知り合い、Twitterでフォローしている人たちを見て思うことがある。

それは自分と明らかに熱量が違うということ。ライブで熱気高まる中素敵なパフォーマンスをするAqours。それを見て歓喜をあげたり叫んだり、ブレードぶんぶんしたりときには泣いたり。そんな様子や心情を映像や会話、Twitterで見てきた。それらに対して自分はいつも違和感を感じてしまう。

 あるライバーな友達がいる。そいつはすごく感情の揺れが激しく、好きな曲が掛かれば狂ったように叫び、踊り、昂ぶりすぎて泣いたりもする。そのパワーはほんとにすごいと思うのだけど、それに対して内心結構引いてしまっている。単に引く分には問題ないのだけれど、その狂気の元となっている対象は自分も好きなAqours。あいつはそんなになるほど、人目を気にしなくなるほどAqoursが好きなのに自分はそんなことはない。そしてそいつの周りにはライバー仲間が結構いる。つまり受け入れられているのだ。

うまく言えないけど、その激しい喜びをする人たちがファンとして正しくて、自分のファンとしての在り方がすごく異質な感じがしてしまうのだ。彼らは実際すごくアニメんシーンに対して考察したり、心情に共感したりしているが、自分はそこまで深入りはしていない。彼らは声優の生放送があればかかさず見るけど自分はそうでもない。そしてライブの時、会場の全員がブレードを振り、クジャクのような過剰なことをする奴もいて、コールを全力で叫ぶ。自分にはそれらがないのだ。

 

 あの場において声優が崇拝されているようなあの空気感。声優の皆さんもそれを喜んでいて、みんなと一つになるということに努めている。

自分はAqoursが好きだ。けれどAqoursとライバーの空気に馴染めない。一歩退いたところから見てしまう感じ。取り残されてしまっている感じ。ラブライブというコンテンツの空気、空間がとても苦痛なのだ。

 だから、来週のライブが楽しみである一方、不安である。数万人とAqoursが作るあの空気に馴染めるかが。